嘘吐きの村、という村があった。
その村が、いつからそう呼ばれていたのかは、誰も知らない。
村を訪れた人々に、どんな村かと尋ねてみると良い。
皆、意味深な笑いを浮かべて言うだろう。
ああ、すっかり騙されたよ。行くのなら、騙されないよう気を付けるんだ――と。
その意味は、訪れた者しか判らない。
そう。これから、その意味を知る者は1人として増える事はない。


猫の住む村


人狼の噂が、その国を暗い影で覆っていた。
それはこの村も例外ではなかったが、それでも村人達は平和に暮らしていた。
けれど、ある日を境に近くの街との人の行き来が、パタリと途絶えた。
様子を見に行った者も帰らない。この小さな村の村長は、村人を集めて話し合いの場を設ける事にした。

――初めに『それ』を見つけたのは、村の神父だった。
煙と奇音を発して、村外れに佇んでいた『それ』を、神父――ジムゾンはロボットだと見抜いた。
そのジムゾンは、機械に関しては多少の知識があった。
壊れかけていた『それ』――ニコルHZ2078と刻印されたロボットを、ジムゾンは修理してみせた。
ジムゾンはそのロボットの設定を改変し、再起動させた。私――パメラや、パン屋のオットーも、幾らか手を加えた。

人狼騒動など何処吹く風、ロボットの事も忘れて雑談に興じる村人達。
午後のティータイムに、オットーからの差し入れが供されて、歓談の輪はますます盛り上がっていく。

オットーに責任があるとするならば、その日の差し入れのひとつに、クイニー・アマンを選んだ事だっただろう。
それは、幼い頃に両親を人狼に襲われた少年、ペーターの想い出の菓子だったのだ。
孤児であるペーターは、オットーや宿の主人であるレジーナに懐いていた。
食事や菓子を用意してくれる彼らに、かつて失った両親の面影を重ねていたのだろう。
涙を浮かべて喜ぶペーターを、オットーも邪険には出来なかった。

――オットーは、自らの作ったものを褒められる事を、極端に避ける。
褒め言葉を口にしたものに喰って掛かり、場合によっては、突然発砲する事も度々あった。
彼はそれを自分の美学だと度々口にしていたが、それは照れ隠し以外の何物でもなかった。
照れ隠しとするには少し物騒ではあるが、この村の住人はそれを受け入れていた。

災難だったのは、それを知らなかった旅の行商人のアルビンだった。
彼は差し入れの菓子を食べ、美味いと口にした。
その途端に、彼の足元には銃弾が突き刺さった。
この村では良くある光景だったが、アルビンはそうは思わなかった。
引き攣った笑みを浮かべながら、仕入れに行くと言い残し、逃げるように村を後にした。
アルビンは知らない。僅かな滞在で、恐怖を味わった村。
その村を最後に訪れた人間が、自分である事を。

そして。この村には今、アルビンの他にもう1人――いや、1つ。
この日常的に鳴り響き、村人達がとうに慣れた銃声に対して、反応するものがあった。
ジムゾンが整備したものの、忘れられていたロボット。
その眠りを、1発の銃声が破ったのだった。

『――BEE BEE BEE BEE――WORNING!! WORNING!!
 キケン ヲ サッチ シマシタ ケイカイレベル ジョウショウチュウ
 ジエイモード ニ ハイリマス』

人知れず、動き出したロボット。
それに気付いた者も、その言葉を耳にしてはいなかった。ただ1匹の猫を除いて。





――幕間・開幕の合図――

この晩。語られぬ、ひとつの戦いがあった。
人気の絶えた夜更けの街道。村への帰路を急ぐジムゾンの前に、何者かの気配があった。
ジムゾンは、明らかに自らに向けられた殺気に気付き、密かに歓喜した。
首に掛けたやや大きなロザリオを握り締め、身構えた。神の守護を祈るかのように。

――恐らくは、野盗の類だろう。
このところ、街と連絡が途絶えているのも、性質の悪い野盗が跳梁しているに違いない。
こちらを丸腰の、無抵抗で襲われるばかりの神父と思っているのだろうか。
ならば、目に物見せてくれよう。

ジムゾンは神父の身でありながら、暗器術の達人である。
大っぴらに発砲するオットーとは違い、これまでにそれを表に出した事はなかった。
この必要以上に大きなロザリオにも、短剣が仕込んである。手にとってじっくりと見ても、そうそう気付かぬようにだ。
時折、パメラに不審気な目を――それも、一仕事終えた後に――向けられる事はあったが。
あれは、薄々気付いていたのかもしれない。パメラが時折見せる、ただの村娘とは思えぬ反応、そして眼。
ジムゾンもまた、パメラの異能を薄々感じ取っていたのだ。

殺気が一段と強まった。なるほど、やる気は満々――されど、それはこちらも同じ。
返り討ちにしてくれよう――ジムゾンは、ロザリオに仕込んだ短剣を抜いて、気配の元へと踊りかかった――

次の瞬間、ジムゾンは自分の身体を回る世界の中に見付けた。

「――あ?」

首がない自分の身体。つまり――私は負けたのだ。
だが、ジムゾンの首が地面に落ちる事はなかった。
影が動き、まだ意識の残るジムゾンの首を手に取ったのだ。
薄れ行く意識の中、ジムゾンは信じられぬ光景を目にしていた。
影が自らの姿へと変貌し、そして歓喜の遠吠えを上げたのだ――。


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