翌日、ニコルHZ2078――パーソナルネーム・ニコラスは、人と変わらぬ言動をしてみせた。
だが、それに驚く人間は居なかった。それ以上に衝撃的な事件が、村を襲ったのだ。
人狼騒ぎにも動じず、村の集会を昼寝の為に欠席していたゲルトが、無残な姿で発見された。
そのゲルトの死に様は、人間の手で為せる業ではなかった。
その全身を覆う傷は、この地上に存在する如何なる銃器や刃物に因る傷とも一致しない。
獣の群れに襲われた家畜のように。玩ばれ、そして食い荒らされていた。
――人狼。その噂は真実だったのだ。


――第1幕・護り手の少女――


村人が襲われていく。村人は村人を処刑していく。
ディーターが占師と判ったのは、彼が死んでからの事。
投票箱の中に残された自らの正体を明かす記述は、彼が人狼に殺された後に、衆目の下に晒された。
人狼達は、彼らの正体を見抜く力を持っていたディーターを、オットーとジムゾンの2人を犠牲にしてまでも消したのだ。
いや……人狼の協力者であるディーターを、人狼達がいきなり殺したという可能性もある。
真実は判らない。だが。
――私は、私に出来る事をしよう。
それが私の役割。祖母から受け継いだ、闇に潜むモノと戦う術を以って。



――息を呑んだ。
確実にソレは近付いて来ている。この、パメラが密かに護っているレジーナの宿へと。
ソレは足音を殺し切れず、そして気配を隠そうともせず、殺気を振り撒いている。暗殺者としては三流以下の存在。
村で時折見掛ける野良猫の方が、まだ隠れるのが上手い。
尤も――それは、隠れる必要がないという事。
幾らパメラが各種の武器を使いこなし、幾多の体術を習得しているとはいえ。
所詮は、その身体能力は人間のものでしかない。
暴力の具現たる人狼に、正面から挑んでは勝ち目があろう筈もない。
昔、パメラが幼い頃。祖母が彼女に語って聞かせた話を、脳裏で唱える。

『人狼と対する時。最も注意すべきなのは――力だよ。人間を軽々とぼろ雑巾のように引き千切る、ね』

つまりは、パメラ自身が狙われてはいけない。追われれば逃げ切れない。
ならば。気配を完全に遮断し、彼らの視界の外より攻撃する。
銃器は使えない。発射音やマズルフラッシュは、人狼にこちらの存在を伝えるには十分過ぎる。
硝煙の匂いを追われれば、逃げ切れるとも思えない。

『そして、性質の悪い事に人狼達はその力を自覚している。人間としての知能を持って、その力を振るうんだ』

彼らは知能も技術も持ち合わせている。場合によっては、武器も持っているかもしれない。
神父かオットーの片方、ないし両方が人狼の可能性は高い。
ボウガンやデリンジャー程度は持ち合わせているかもしれないが、神父の暗器は基本的に近接戦を想定したものだろう。
また、オットーの愛用している散弾銃は非常に危険だ。
距離10m以下では、ショットガンはマグナム銃以上の危険な射撃兵装となる。
だが、何よりも。

『人狼との近接戦闘は、即ち死――いいね、パメラ。人狼とは狼であり人だ。獣と思って侮ってはいけないよ』

いや――大丈夫だ。
祖母の教えを護れば、仕留められぬまでも、今夜の襲撃を諦めさせるくらいの事は出来る。
ゆっくりと、気配を悟られぬように深く静かに呼吸を行い、静かに投擲用のナイフを指の間に挟んだ。
狙うは喉笛。暗殺者の攻撃は、須らく必殺でなければならない。
パメラの白く細い手から、月明かりを切り裂いて銀光が伸びる。
完全な奇襲。されど、人狼は人間ではない。
獣染みた直感で攻撃を察知したか、その豪腕を振るってナイフを叩き落とした。
しかし――初撃は囮。
囮といえど、必殺の威力を持つ。それでも、単発で放たれたそれは囮以外の何物でもなかった。
狙撃手の位置を、ナイフの軌跡から特定したのか。
人狼は、数秒前までにパメラが存在していた位置へと、正確に突進する。
だが、それは予想の内。
投擲の直後に位置を移動していたパメラは、本命の2射目を投擲する。
その精度は初撃の比ではない。そして、本数も。

『ギァッ!?』

明らかに人間のモノではない奇声。
狙い違わず、人体の急所へと幾本ものナイフが突き刺さる。
頚椎、心臓、額、喉笛、肝臓、眼球、腹腔、太股や二の腕の大動脈――人間を10度は殺せる、刃の雨。
人間ならば、掠り傷だけでも立ち所に全身の筋肉が麻痺し死に至る程の神経毒すらも塗布してある。
だが、人ならぬ怪物を相手に、人間相手の常識は通用しない。
これらの一撃は、人狼の強靭な皮膚と筋肉に阻まれ、僅かに傷を与えたに過ぎない。
しかし、元よりパメラは人狼を自分の手で仕留められるとは思っていない。
レジーナへの襲撃を諦めさせれればそれで良かった。
夜の人狼は無敵と伝えられている――それが傷を負ったのだ、衝撃は大きかろう。
そのパメラの読みの通り、人狼の気配はぐんぐんと遠ざかっていく。
どうやら――レジーナを護り切れたようだ。
安堵した瞬間、膝が恐怖で震えだし、冷や汗が一挙に噴き出した。
その場に座り込み、月を見上げてパメラは祖母に感謝した。

――良かった。この、人の命を奪う業でも、人を護る事が出来る。

それが嬉しくて。涙が、僅かに浮かんだ。



一夜明けて。オットーが、3匹目の人狼を見付けたと言った。
――彼は完全に役目を終えた事になる。

その日、彼は朝からニコラスの改造にと精を出していた。
傍らの野良猫に、何やらぽつぽつと話し掛けながら。
パメラが近付くと、野良猫は逃げてしまった。振り向いたオットーと、目が合う。

「隣、良いかしら?」
「――なんだ。パメラ、お前か」

返事を待たず、作業をするオットーの横へと座り込むと、オットーは溜息を吐いた。

「なんだ……って、随分な御挨拶よね。何やってるの?」

見れば判るだろう、とオットーは肩を竦めた。

「ニコラスの改造中だ。57mmロケット弾ポッドをメインに、サブを20mm機関砲と7.62mm機銃にするかで迷っていてな。どう思う?」

――この男は。
パメラは頭痛を感じた。普通の村娘が、20mm機関砲と7.62mm機銃の違いが判ると思っているのか。
重火器を扱う事はないが、知識としてはそれらを知ってはいる。だが、"村娘のパメラ"はそんなものは知らない。
溜息を吐くと、オットーは何やら自己完結して、片方の銃器を脇へと退けた。

「――ま、7.62mmにするか。20mmでは人間など跡形も残らんしな」

昨晩のジムゾンの死に様を思い出して、パメラは口元を抑えた。
ジムゾンは、自分で改造したニコラスの全力射撃によって灰になった。
オットーと2人で、浪漫やら何やら語っていたドリルで大穴を空けられ。
米型の小型爆弾を雨霰と浴びせられ、肉片も残らなかった。
埋葬された彼の棺には、神父服と血の匂いのするロザリオだけが納められている。

「……気持ち悪い話しないでよ、良い天気なのに」
「何、自分で喰らう銃弾だ。即死するのもつまらん」

息を呑んだ。
――どれだけの人間が、彼を信じているのだろうか。それは判らない。
けれど、役目を終えてしまった自称占師の運命は決まっている。
即ち――処刑。
オットーは、それを悟っているのだろう。

「……死ぬ気?」
「簡単には死なない。だが……自分の死に際くらい、自分で決めたいからな。どうせならば、絵になる死に様をしたいものだ」

ああ。これも、彼の"美学"のひとつなのだろう。
けれど、パメラはそれに反論した。
直接的ではないが、祖母の教えにより死を知っている彼女は、それに美しさを見出す事は出来なかった。

「死ぬのに、絵になるも何も無いじゃない。死んでしまったら、そこで終わりよ」
「ま、所詮は俺の自己満足だ。判らないのも無理は無いし、判って貰おうとも思わん」

自己満足。そんなものの為に、彼は死に急ぐというのか。
僅かに、怒りを感じた。
パメラの手は、いつの間にかポケットの中の鋼線を、軽く握っていた。
彼女がその気になれば、今のこの場で5秒以内にオットーの命を奪うことが出来る。
それをこの、目前の男は判っているのか。
その意に沿わぬ、彼の言うところの"絵にならない死"を迎えさせる事も出来るのだ。

――そんなに死にたいのならば、私が――

「――どうした、そんな剣呑な眼をして。俺の考え方は気に入らんか?」

オットーの言葉で、我に返った。
脳裏を過ぎった昏い思考を、慌てて追い払う。
祖母が私に暗殺術を教えたのは、断じてこのような事に使う為ではない。

「……判るわけないじゃない、そんな考え。私なら絶対に生きようとするわ」
「なら、そうするといい。俺は潔く散る方を選ぶ。俺が死んでも哀しむ人間など居ないからな」

それは、嘘だ。
度々、村の集会にパンを差し入れているオットーを、好ましく思っている村人は多い。
彼が照れ隠しに孤高を気取り、ぶっきらぼうな態度を取っている事を、皆が知っている。
子供には優しく、また懐かれてもいる。

「……それ聞いたら、ペーターが泣くわよ」
「かもしれんな――ああ、そろそろ行け。俺と話していると、お前まで疑われるぞ」

その声は自嘲気味で、そして僅かに寂寥を含んでいた。
それが、パメラには我慢がならなかった。

「……何よ、それ。他人の心配している身じゃないでしょう?」

返答は、ない。
視線をニコラスへと戻し、パメラへと背を向けて、オットーは作業を再開した。
金属の触れ合う音が響く。

立ち上がり、パメラはオットーの肩に手を置いた。

「……ねえ。人狼なんだったら、今ここで私を殺さないのは、どうして? 道連れは多い方が良いんじゃないの?」
「……女子供は殺さない主義だと言っただろう。大体――俺は人狼ではない」

人狼ではないのならば――。
パメラが、口を開こうとした直前。ニコラスから機械音が響いた。

「……ほら、もう行け。この状態でもニコラスは音を拾える。良い女と話すのに、聞き耳を立てられていては落ち着かん。この騒ぎが終わったら、次は食事でもしながらゆっくり聞こう」

冗談――のつもりなのだろう。
オットーが、珍しく笑顔を浮かべていた。
――そんな顔をされてしまっては、もう何も言えなくなってしまう。
オットーに"次"などというものは無い。

「そう……それじゃ、私はそろそろ戻るわね」
「ああ」



立ち去り際に、パメラは呟いた。
それがオットーの耳に届いていたかどうかは、彼女には関係がなかった。

「さよなら――あなたの考えは理解出来ないけど――嫌いじゃなかったよ」


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